英語イマージョン/バイリンガルプログラム
イマージョンとは?
マイク・ボストウィック
言語イマージョン教育とは、一般教科を外国語で学ぶ外国語指導方法の一形態です。新しく導入される言語を媒介として学習し、同時にその言語を習得するというものです。イマージョンの児童・生徒は、学校の指導プログラムにおいて、授業内容を理解し、伝達する言語能力を身に付けます。児童・生徒は、地域のイマージョン教育を導入していない一般の学校と同じカリキュラムを使用し、教科によっては同じ教科書(翻訳された教材)を使用します。「イマージョン」という用語は、注目される外国語教育の一つの形式として学校やメディアに自由に用いられる都合の良い言葉となってきました。しかし残念なことに、この用語は誤って用いられている場合が多く見られます。「イマージョン」という用語は、単純に第二言語を指導言語として用いた授業形態を意味していると受け取られている場合が多くあります。しかし、ただ単に教科内容(例えば、数学、音楽、理科等)を外国語を通して指導することはイマージョンではありません。イマージョン教育の第一人者であるマギル大学のFred Genesee氏は、Learning Through Two Languages: Studies in Immersion and Bilingual Education(1987, Newbury House)において、イマージョンを次のように定義付けています。
"概して、一年間にわたって少なくとも指導の50%を第二言語を通して指導するプログラムをイマージョンとみなす。単一教科や言語科目を第二言語を通して指導するプログラムは、強化された第二言語プログラムと特定される。" (p.1)
イマージョン教育の恩恵を十分に受けるまでには、通常、イマージョンプログラムに在籍して2-3年間以上かかります。このため、児童・生徒が、イマージョンでの第二言語習得の成果を最大限に享受するためには、小学校課程全体を通してプログラムに在籍することが重要となります。また、言語能力を継続的に維持、発達させるため、中学高校レベルにおいてもイマージョン環境を続けることが大切です。
イマージョンは、内容重視の外国語指導におけるもっとも徹底した形式といえます(Snow, 1986)。イマージョンプログラムにおいて、英語は指導教科ではなく、むしろ、学校にて指導される学習内容の多くを指導する手段となります。大抵のイマージョンプログラムでは、数学や理科、社会、他の教科分野を第二言語で指導します。北アメリカにおけるイマージョン教育研究に関しては、Lambert & Tucker (1972); Swain and Lapkin (1982); Genesee (1983, 1987, 1995); de Courcy (1993); Baker (1996)などの文献をご参照ください。その他の国におけるイマージョン研究については、Artigal (1993); Artigal & Lauren (1992); Berthold (1992); Baker (1996); Johnson & Swain (1997)を参照してください。
多くの早期外国語イマージョンプログラムは、小学校全体を通して学校生活の少なくとも50%を第二言語で行うパーシャル(部分的)イマージョン、あるいは、最初の2,3年間を完全に第二言語で行うトータル(完全)イマージョンのどちらかの形式をとります。トータルイマージョンプログラムでは、第一言語(L1)の読み書きは、第二、三学年まで導入されません。イマージョンとされる多くのプログラムでは、この50%という閾値を越えていない場合の第二言語使用の授業については、正確には「内容を強化した外国語授業」、あるいは「言語指導を強化した内容重視授業」と分類され、単純に「内容重視の外国語授業」であると言えます。
バイリンガル人口はモノリンガル人口を上回る
国際調査によると、2ヶ国語以上を話す人口が、1ヶ国語のみを話す人口より上回っているという結果が出ています。更に、世界中で、第二言語や外国語で教育を受けた子どもの数は、母国語だけで教育を受けた子どもの数を上回っていることも分かっています。世界のあらゆる地域で、第二言語や多言語を使うことが当たり前になっています(Dutcher, 1994; World Bank, 1995)。世界の様々な状況で長期的に実施された調査結果が、多言語習得は可能であるということを明確に示しています。また、多くの国の教育者、官公庁関係者や保護者は、子どもたちが多言語を習得することが望ましいと考えています(Tucker, 1999)。
なぜ第二言語モデルとしてイマージョンが効果的なのでしょうか?
さまざまな教育の場で外国語習得に関する調査が数多く実施されています。過去30年間もわたるイマージョンプログラムの成功が主な要因となり、言語のみを習得する教授法から、言語と一般教科を統合して教えていく教授法へと移りつつあります。この変遷は、次の4つ原理がもとになっています。- 実践的で意義のある学習状況で学ぶことによって、より効果的に言語を習得することができます。本校カリキュラムでは、言語習得経験の浅い子どもたちのために、子どもたちが知っていることや興味のあること、そして、自分の感情や意見を伝える機会を与えることによって、自然に外国語を習得できる環境を作っています。
- 新しい言語のコミュニカティブ機能の獲得には、興味深い授業内容を用い、やる気を引き出すことが不可欠です。授業内容が子どもたちにとって意味のないものであれば、言語を学ぶことに興味が示されません。
- 子どもたちは、第一言語習得、認識力と社会認識を関連させながら同時に発達させていきます。言語と内容を統合することによって、第二言語習得にとっても、子どもの社会的、認知的発達の不可欠な一部となります。
- 4. 言語の形式的、機能的特性は、言語を使用する状況により大きく異なります。言語と学習内容を統合することによって、児童・生徒は幅広い状況において外国語を用いることになり、幅広い言語の習得につながります。
イマージョンプログラムの目標
イマージョン校は、概して4つのイマージョン目標を掲げています。- 機能的な外国語力を習得すること(聞く・話す・読む・書く)
- 一般児童・生徒と同じレベルの十分な母国語能力を習得すること。
- 各教科の授業内容を理解し、必要な力を習得すること。
- 他の文化を理解し尊重すること。
本校イマージョン/バイリンガルプログラムの特徴
- 本校イマージョン/バイリンガルプログラムでは、文部科学省の学習指導要領に基づいたカリキュラムを実践しています。加藤学園の児童・生徒は、レギュラープログラム(イマージョンプログラムを導入していないプログラム)と同様のカリキュラム(算数・数学、理科、社会科、体育など)を使用しています。
- 外国語で学習した授業内容を児童・生徒の母国語で教え直すことはしません。本校では、日本語で実施されるテストや試験に対応できるよう、英語で学習した重要用語を日本語で復習する授業時間を組み込んでいます。英語で教えられ た教材は、日本語では学習しません。日本語で教え直すことで、児童・生徒はイマージョンの英語での授業に耳を傾けなくなり、日本語での授業に頼ってしまいます。レギュラークラスの児童・生徒にも見られるように、児童によっては学習内容を一度で理解するとは限りません。そのような場合は、英語で教材をもう一度復習します。
- 本校の文化は、地域文化を反映します。本校はインターナショナルスクールとは違い、児童・生徒に西洋的価値観を強いることはありません。
イマージョン教育の効果に関する研究結果
近年、イマージョン教育に関する調査研究が広がっています。イマージョン児童・生徒は、下記に紹介される分野で予想以上の成果を生み出しています。- 外国語能力:イマージョン児童・生徒は、従来の外国語の授業を受けた児童・生徒より優れた外国語力を身に付けます。児童・生徒は、通常、ネイティブスピーカーとなるには至りませんが、同年代のネイティブスピーカーと機能的にコミュニケーションができる力を身に付けます。
- 母国語能力:イマージョンプログラムでの学習初期段階では、母国語での識字発達が遅れをとることがあります。しかし、小学校卒業時には、日本語のみで学習をしてきた児童と同レベル、あるいは、それ以上の母国語力を身に付けています。
- 授業内容:イマージョン児童・生徒は、母国語のみで学習してる児童・生徒と同じレベルに達します。
- 文化の尊重:イマージョン児童・生徒は、多文化をより理解し、肯定的な態度を示します。
カナダ:イマージョン教育の発祥地
バイリンガル教育の歴史は、紀元前3,000年に遡ります。本校が導入しているイマージョン教育と呼ばれるバイリンガル教育は、カナダのケベック州で始まったと一般的に認められています。1965年、英語を母国語とする保護者グループが、試験的にイマージョン幼稚園を実施しすることに成功しました。ケベック州ではフランス語を母国語とする大多数派が権力を持ち、政治的、経済的地位を占めていたため、英語と同様にフランス語力が高い水準に達することを目指しこのプ ログラムを実践し始めました。それ以来、フランス語イマージョンがカナダ各地に広まり、今では、カナダ全土でイマージョン教育が取り入れられています。(例:オンタリオ州児童・生徒の 7%がフランス語イマージョンで教育を受けています。)カナダでは、320,000人以上の児童・生徒がイマージョン教育を受けています。フランス語イ マージョンは、公立校でもかなりの割合で実施されています。そのため、児童・生徒は、アーリー・イマージョン教育(幼稚園・小学校1年)、ミドル・イマー ジョン(小学校4-5年生)、あるいは、レイト・イマージョン(小学6年、中学1年)を開始する時期を選択することができます。
カナダでは、フランス語イマージョンが最も一般的なイマージョン教育ですが、ロシア語、アラブ語、ドイツ語、ヘブライ語、中国語、モホーク語のイマージョンプログラムがあります。
アメリカと他の国々
Center for Applied Linguistics (CAL)による2011年の調査によると、アメリカの38州において528以上の学校が22ヶ国言語のイマージョン教育(完全イマージョン、部分的イマージョ ン、あるいは、双方向(Two-way)イマージョン・プログラム)を取り入れています。アメリカ以外の国でも、言語イマージョン(カナダのイマージョンを模範としている)は、オーストラリア、韓国、フィンランド、ハンガリー、ハワイ、スペイン、南アフリカ、香港、日本にも広まっています。例えばオーストラリアでのイマージョン・プログ ラムでは、フランス語、ドイツ語、中国語、インドネシア語、日本語などを使用しています。Center for Applied Linguistics. (2011). Directory of foreign language immersion programs in U.S. schools. Retrieved 12/12/13, from http://www.cal.org/resources/immersion/.
参考文献
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